心音  しんおん












さらさらと、心地のよい風が香穂子の髪を靡かせる。


二人で歩く並木道はとても静かで、何処か寂しく感じる。






「…ホントに火原たちと帰らなくてよかったのか?」






ぽつりと、紘人が呟いた。


「どうしてですか?」


「いや…若人は若人同士でつるんだ方が楽しいんじゃないか、と思ってな」


年寄りのような台詞を聞き、香穂子は足を止めて紘人の顔を見上げた。


「金澤先生と帰りたかったんです」


思わず、口を尖らせてしまう。






修了式後に行われた、3年B組メンバーのための送別会。

他のメンバーが制服のままで参加する中、香穂子はわざわざ私服に着替えてきた。



それは、終わった後でも紘人と一緒にいられるように。



少しでも長く一緒にいたいから、だった。






制服のままなら、紘人はどうせ

『お前さん、制服なんだから早く帰れ』

と言うに決まっているのだ。






「一緒にいたいって思ったらだめですか?」


まっすぐと、その瞳を見つめる。






好きな人と…紘人と一緒にいたい。

一分…一秒でも長く一緒にいたい。






「…参った、参った」


頭をぽりぽりと掻き、紘人は大きく溜め息をついた。


同時に、香穂子はふわりとその大きな腕に包まれる。


「…ホント、困るんだよなぁ」


「何がですか?」


「どんな顔してるか…自分でわかってるのかねぇ、お前さんは」


「どんなって、一体…っん」


突然唇を塞がれ、香穂子は思わずその胸にしがみつく。






苦しくて、だがとても熱い。

紘人の口付けは、
まるでとろけてしまうのではないかと思うほどに激しかった。






唇が離れると、香穂子は驚いたような惚けたような顔をしていた。


「人に…見られちゃいますよ?」


「…だな」


紘人は呆れたような笑みを浮かべるが、だがこの腕を離そうとはしない。


「…なんか、金澤先生じゃないみたい」


「まあ、その…なんだ」


香穂子がクスクス笑みを浮かべると、紘人はどこか照れくさそうに瞳を逸らした。






一緒にいたいって思ってるのは、お前さんだけじゃないってことだ。






「えっと…」


頬を赤らめながら、香穂子は俯く。


「…言っとくが、俺はお前さんが思ってるより大人じゃないぞ。
それなりに独占欲だってあるし、かなり嫉妬深い」


きょとんと、目を逸らしたままの紘人を見つめる。


「多分…お前さんが思ってるより、俺は…」






お前さんが好きなんだよ。



そう、聴こえるか聴こえないかの声で呟いた紘人の耳は、
月明かりだけでも見えるほどに赤くなっていた。






「…まだまだ若いな、俺も」


「まだまだ若いですよ」


ふふ…と微笑み、ぎゅっと抱きつく。






胸から静かに聴こえる鼓動が、とても優しくて心地好い。

温もりを感じながら、香穂子はそっと瞳を閉じた。






いつもよりちょっと強引で、恋人らしいことも言ってくれる。

慣れていなくて不思議な感じもするけれど、
それが少しこそばゆくて…だがとても嬉しい。

いつもとは少し違うけれど、だがこんな紘人も大好きなんだと…そう思う。










---------------------------------------------------------------










「忘れ物はないですか? パスポートとか、財布とか…」


「…大丈夫だっての。お前さん、心配しすぎ」


苦笑しながら、紘人は香穂子の頭を撫でる。


この温もりが暖かくて…寂しく感じる。






明日からは、もうこの日本に紘人はいない。

毎日、こうして逢って話をすることが出来ない。

わかってはいたことだけれど、やはりそれがとても寂しい。






「…逢いに行きますから」


ぎゅっと紘人の手を握り締める。


「ん?」


「先生のところまで、逢いに行きますから…」






待っててくださいね!






笑顔で見送りたいから。

寂しさを隠すように、香穂子はにっこりと微笑む。

すると、ふわり…と紘人が香穂子を優しく包み込んだ。






人々が行き交う空港。

喧騒の中でも聴こえてしまうのではないかと思うほどに、激しく鼓動を打つ。






「せ…先生…っ」


紘人の腕がに力が入る。


驚いて一瞬だけ見上げた紘人はとても真剣な顔をしていた。


「浮気、するなよ」


「…先生こそ」


ぎゅっと、その背に腕を回す。


「…何かあったらいつでも相談してくれ。一人で…背負い込んだりするなよ?」


「先生も…ですよ?」


にっこり微笑み、胸に顔を埋める。










大切な人が傍にいないのはとても寂しいけれど、

どんなに遠く離れても、

きっと心は繋がっている。






こんなに暖かくて、大好きで、大切だから。






遠い空の下から、大切な人に音色を贈る。


あなたがいつも幸せでありますように。















ちょっと(かなり?笑)大胆になった金やんの旅立ち編です!
いかがですかね?
またシリアスチックになってますが(苦笑)

あれですね、なんかもう連載風(笑)
もうこの際読みきり連載にしようと思います(オイ)
















↑お気に召しましたら、ポチっとお願いしますv