確信犯  かくしんはん











「…やっぱり怒られるかなぁ…」


辺りをきょろきょろと見回しながら、望美は大きく溜息をつく。








『決して神子様をお通しするなと、泰衡様からきつく命じられております』



泰衡の元を訪ねたときの、侍女からの言葉。

そんなことになった原因はわかっている。



望美の気持ちを、泰衡に伝えてしまったから。



それはただの思い違いだ、と一蹴されてしまった。

そうは言われても、気付いてしまった自分の気持ちに嘘はつけなかった。

あの厳しさの中の優しさに気付いてしまったから。

自分の気持ちを偽ったまま元の世界に帰るなど、
望美には出来なかったのだ。








「庭から忍び込むなんてやめればよかったかな…」


そんな後悔をしつつも、少しずつ歩みを進める。


その瞬間。


茶色くてふさふさしたモノが近づいてくるのがわかった。


もしかしたら、一番出会ってはいけないものだったかもしれない。


「ワンっ」


大きな鳴き声に、望美は思わずびくりと身体を震わせる。


「わわわ…っ! 金、静かにしてっ」


唇の前で人差し指を立て、金を鎮めるようにしゃがみこむ。


だが、それが逆効果だったのか、
金は嬉しそうに尻尾を振りながら更に鳴き声を上げた。


「だ、だめだってば〜」


屋敷の人に気付かれる。


そう思って慌てふためく望美の横に、見慣れた影が映った。








「…神子殿は、そちらで何をなさっておいでで?」








その声は明らかに低くて。


顔を見なくてもわかる。


泰衡の眉間には皺が寄っているだろう。


「や、泰衡さんに逢いに来たんですっ」


怒鳴られるのを覚悟で、その影に向き直る。


恐る恐る見上げたその顔の眉間には、やはり皺が寄せられていて。


「…警備を厳重にせねばならんようだ」


大きな溜息と共に紡がれた言葉。


同時に背を向けようとする泰衡を、望美は慌てて呼び止めた。


「私の気持ちは、変わりませんからっ」


両手のこぶしを握り締め、泰衡に向かって叫ぶ。


その言葉が、心まで届くように。


「私は、泰衡さんが好きなんです! だから、ここに残りたいんです…っ」


「…思い違いだ、と申し上げたはずだが?」


背を向けたまま言葉が紡がれる。


「思い違いなんかじゃありません!」








このまま行って欲しくなくて。

聴いて欲しくて。








「意地悪だったり、冷たかったり…」


どんどん、顔が俯いてしまう。


「全然笑ってくれないし、、いつも眉間に皺寄ってて…なんか怖いし…」


でも。


「本当は、すごく優しくて…暖かい人で…」


ぽろぽろと、涙が零れ落ちる。


「傍に、いたいんです…っ」


頑張って顔を上げると、遠かったはずの影がすぐ傍にあって。








「…ひどい顔だ」








そんな言葉と同時にふわりと抱き締められ、
一瞬驚きつつも、望美はゆっくりとその背に腕を回した。


「…泰衡さんの所為じゃないですか」


「貴女が勝手に泣いただけだろう」


「…泰衡さんが泣かせる様なことをしたからです」


ゆっくりとその顔を見上げて、拗ねた様に口を尖らせる。


見上げた泰衡の顔は、どこか穏やかに微笑んでいるようにも見えて。


「さて…そのような覚えはないが」


わかっているくせに、悪びれた様子もなく呟く。


そんな意地悪なところも含めて、この人が好きなのだ。


「泰衡さんが…」


私を追い出したりするから。


そう紡ぐはずだった言の葉は、泰衡の唇に遮られてしまった。








一瞬触れただけの唇。

なのに、そこだけがとても熱くて。








「目…閉じられなかったじゃないですか…」


己の唇に指を当て、軽く睨むように泰衡を見上げる。


「泰衡さんが、いきなりするから…」


「…急でなければ良いのか?」


すいと近づけられた顔。


それは、吐息がかかるほどに近い距離で。


その距離に慣れていない望美は、思わず頬を熱くする。


それを誤魔化すように、望美は言の葉を紡ぐ。


「や、泰衡さんの気持ち…聴いてないですっ」


「…俺の気持ち、とは?」


意地の悪そうに口端を上げる泰衡。


「泰衡さんが、私をどう思っているか…です」








確信犯なのはわかっている。

泰衡の気持ちも。

だけど、それを言葉にして欲しくて。








「貴女のことを、か。そうだな…」








ふいに耳元にかかる吐息。



熱い吐息と共に紡がれたのは、

二人だけの甘い言葉          



















お久しぶりに、くっつく前のお二人を書いてみました!
たまには新鮮かも??
こんな確信犯的なことを泰衡さんはしてそうですねw
なんだかんだと望美ちゃんには優しい泰衡さんでしたw

ん?金がどこに行ったかって?お利口な金は、泰衡さんがやってきてから大人しく二人の様子をみているのです(笑)



















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