願い  ねがい












肌寒い風を感じながら、
泰衡は一人、紅く染まった木々を見つめていた。






今まで何度、一人でこの景色を眺めたのだろうか。

何も欲しくはないと…何も望みはしないと、そう思っていた。

己に残されたのは、漆黒の道しかないのだと…そう思っていた。

だが今は…暖かい光に触れ、こうして日向を歩いている。

大切だと言える者と共に過ごすことは、とても穏やかで…幸福を感じる。






「あら…泰衡殿?」






静かで穏やかな声。


その声は待ち人のものではなく、泰衡の眉間にも思わずしわが寄る。


「…黒龍の神子殿、か。
このような場所まで…一体何用ですかな?」


「散策をしていたら、貴方の姿が見えたものですから…」






あの少女とは対照的な神子。

望美とは違ったその真っ直ぐな瞳は、泰衡にとってあまり得意なものではない。






「望美と…約束でもなさっているのかしら?」


にっこりと穏やかな笑みを浮かべ、朔は泰衡の顔を見つめる。


「…貴女には関係のないことだ」


ふいっと顔をそらす泰衡。


その姿を見て、彼女がクスクスと笑みを零すのがわかる。


本当にやりにくい少女だ。


「…本当は、反対だったんです。あの子と貴方の事…」


不意にぽそりと呟く声に、泰衡はもう一度視線を向けた。


朔は、真っ直ぐと…穏やかな瞳をこちらに向けている。


「あの子には、幸せになってもらいたかった。涙なんて、見たくなかった」


「………」


「傷つく姿など見たくはなかった…」






真剣な朔の瞳。






大切な友を想う気持ち。

その気持ちが、泰衡にも痛いほどに伝わってくる。

それはとても純粋で、優しくて…暖かい。






「でも…あの子、幸せそうだわ」


ふわりと、暖かい笑みを浮かべる。


それは諦めたように哀しげな…だがどこか嬉しそうな、そんな微笑み。


思わず、眉間の皺も深くなる。


「ねえ…泰衡殿」


「…なんだ?」


真っ直ぐと見つめられる瞳を、泰衡も見据える。


「あの子の事、お願いします。
きっと…貴方の隣でなら、あの子はいつも幸せでいられるから…」


静かな瞳が、泰衡を捉える。


「貴方になら…いいえ、貴方にしか…出来ないことなのでしょう。
あの子を…私の親友を、よろしくお願いします」


「…ああ」


静かな泰衡の返答。


朔はそれに満足したのか、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「それを聞いて安心しました」






「泰衡さ……あれ? 朔?」






不意に聞こえた言葉に二人が振り返ると、
望美がきょとんとこちらを見つめていた。


不思議そうに、泰衡と朔…二人の顔を交互に視線を移す。


「ふふ…お邪魔するといけないから、私はもう行くわね」


にっこりと笑みを見せ、朔は二人を背にし、歩き出した。


「何の話をしてたんですか?」


朔の姿が見えなくなると、望美はじっと泰衡の顔を覗きこむ。






無防備で、無邪気な少女。

何も望まなかったこの身が、初めて求めたもの。

それはこんなにも愛おしくて、幸せで…暖かい。






「…言われるまでもないことだ」


「え…? 泰衡さ…」


ふわり…と、その言葉を遮るように、泰衡は望美の身体を抱き締めた。


この腕に感じる温もりを、失うつもりなどない。


「あ、あの…泰衡さん?」


「…紅葉を…」


「え…?」


「…来年も、その次の年も、その先もずっと…
この紅葉をお前と共に見れたら良いと、そう思っただけだ」


これから先も、ずっとこの少女と共にいれたらどんなに幸福だろう。


泰衡は、そう…思った。


「…見ましょう? いっしょに…」


上目遣いに見上げるその瞳を、泰衡はそっと見下ろす。


「おじいちゃんおばあちゃんになっても、ず〜っと先も、いっしょに見ましょう!」


いかにも彼女らしい台詞に、泰衡も思わず口元が綻んでしまう。


その言葉が、暖かく…胸に染み渡る。


「…そうだな」


ふわりと柔らかい笑みを見せ、泰衡はその唇に口付けを落とした。






暖かいこの温もりを、失くさぬように。

この眩しい笑顔を、ずっと見つめていられるように。



その柔らかな唇に、何度も何度も口付けを落とした。



















望美が全然しゃべってない(死)
ってことで、初の試み! 朔が登場です!(笑)
なんとなく、朔を登場させたかったんです〜。

朔は、望美があの世界に来てから一番近くにいて、
その葛藤とか…望美の色々な面を一番見ているんじゃないかって思うんですよね。
しかも、泰衡をあまり良く思ってなさそうって言うか…(笑)
だからこそ、こういうのを書きたかったんですv

そしたら、泰望+朔のお話になってました。甘さ薄目かもですね(汗)



















↑お気に召しましたら、ポチっとお願いしますv