寝顔  ねがお












ようやく戻ってきた寝所で、彼女は静かに寝息を立てていた。


「…こんな所で、ずっと待っていたのか」


呆れたような…だがどこか嬉しそうな笑みが泰衡に零れる。








「今日は忙しくて時間が取れない」








柳ノ御所までやってきた彼女にそう告げたのは、今朝早く。

大人しく高館に戻ってくれると思ったのだが、
返ってきたのは予想外の…いや、望美の性格を考えれば想像通りの答えであった。








「帰ってくるまで、ずっと待ってます」








何度「帰れ」と言っても返ってくるのは同じ答えで、
望美に根負けして「勝手にしろ」と言ったのが間違いであった。










「全く…風邪を引いたらどうするつもりだ」


泰衡は望美の身体にそっと己の外套をかけ、隣に腰を下ろした。


子供のような無邪気な寝顔に、思わず笑みが零れる。






黙っていれば、可愛いらしい…と言えなくもない。

戦場に出るときは女と思えぬほど強く逞しい剣士で、
並みの武士では歯も立たないだろう。

どんな者であろうと、寝顔は無邪気で、無防備なのだ。






「ん…」


微かに望美の身体が揺れ、起きるのか…とそう思った瞬間、






「泰衡、さん…」






不意に己の名を呟かれ、泰衡は驚いたように望美に視線を向ける。


「…俺の夢を見ているのか?」


いったい何の夢を…と考えていると、突然望美が泰衡の袖をぎゅっと握り締めた。






「金を苛めちゃ…駄目ですよぅ…」






むにゃむにゃと眠りながら、望美は怒ったような顔を見せる。

くだらん…と泰衡がその腕を振り解こうとした瞬間、
その顔は嬉しそうな笑顔に変わった。






「ん……好き…」






一瞬、望美の言葉を聞いた泰衡の動きがぴたりと止まる。






「泰衡、さん……好き……」






むにゃ…とまるで赤子のような柔らかい微笑みを見せる望美。

本当に、子供のような少女だ…と、泰衡は笑みを見せる。






「…そんなことは、とっくに知っている」


口端を上げると、泰衡はそっとその唇にキスを落とした。






この無防備な少女を、起こしてしまわぬように。






仕方がない…と、泰衡は望美に袖を掴まれたまま瞳を閉じた。








翌朝、目が覚めた望美が驚いて柳ノ御所を飛び出して、

恥ずかしさのあまり、なかなか泰衡に逢いに来なかったなんていうのは、

また別の話だったり。


















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