幸せな空間  しあわせなくうかん












「泰衡さんてば!」


頬を子供のように膨らませながら、泰衡の顔を覗き込む。


「…なんだ」


不機嫌そうに大きくため息をつき、泰衡は眉間に皺を寄せた。


いかにも迷惑そうなその表情に、望美は余計に腹が立ってしまう。


「絶対聞いてないですよね! 人の話!」


「…聞いているさ。二人でどこかに出かけたいというのだろう?」


泰衡は開いていた書を床に置くと、まっすぐと望美の瞳を見つめた。


じっと見つめられ、なんだか恥ずかしくて、望美はほんのりと頬を紅潮させる。


「な…なんですか?」


期待を込め、望美もその紺碧の瞳を見つめ返す。






「無理だな」






きっぱりと言いのけた泰衡は、再び書に目を通し始めた。

少し…いや、かなり期待を込めていた望美は、
怒りを通り越して泣きたい気分になる。






秀衡の後を継いで当主となった泰衡は、今まで以上に忙しくなった。

望美が、一緒に出かけたい…と言っても、いつもこうして交わされる。

泰衡はこの通り余裕な態度で、望美はいつも駄々っ子のようになってしまうのだ。

時々、もっと一緒にいたいと願うのは自分だけなのではないか、と…そう思ってしまう。






「…もう1年なんですよ?
少しくらい、もっと恋人らしいことしてもいいじゃないですか…」


望美は段々と泣き出してしまいそうになり、声が小さくなっていく。


「デートも出来ないし…。ちゃんと話だって出来ないし…」


少しずつ視界が滲んでいくのがわかる。


「名前だって、いつまで経っても呼んでくれないし…」







泰衡が忙しいのは、当主となった時からわかっていたはず。

望美が我慢をすればいいだけの話なのだ

それなのに、自分は勝手なことばかり言っている。



きっと今、酷い顔をしているのだろう。



泰衡と一緒に過ごせない苛立ちと、
自分勝手な自分への嫌悪。

二つが混じって、悲しいのか悔しいのか、自分でもよくわからない。



だが。






ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

そんな顔を見られたくなくて、望美は俯いた。






「…困った女(ひと)だ」






声が近い        






そう思い、顔を上げた瞬間だった。


ふわり   と、望美は泰衡の大きな腕に包み込まれた。






久しぶりに感じる泰衡の温もりは、
暖かくて、優しくて、とても心地が良い。






「…すまなかった」






耳元でそっと囁かれ、望美は泰衡の顔を見上げる。






困ったような、照れたような。

泰衡はそんな顔をしていて、驚いてしまった望美は何も言葉が出なかった。






「早く終わらせれば、もっとお前との時間が取れると思ったのだが…」






     待たせすぎてしまったようだな。






「泰…」


望美の言葉が全部紡がれる前に、その唇は泰衡の口付けによって塞がれた。






まるで、この1年の寂しさを埋めるような、
本当に泰衡なのかと思うような、激しくて甘い口付け。






身体の芯まで、熱くなる。






「泰衡、さん…」


「…もっと、時間を作るとしよう」


泰衡は望美の頬に残る涙の跡を指でそっと拭い、笑みを浮かべた。






     またお前に泣かれると困るのでな。






どこか意地の悪そうな笑み。


だが、久しぶりに見た泰衡の微笑みに安心し、望美は嬉しそうに微笑む。


「どこに行きたい? 泣かせてしまった侘びに、お前の好きな所へ付き合うとしよう。」


「泰衡さんと一緒ならどこでも……あ!」


思い出したように声を張り上げ、望美はにっこりと笑顔を見せた。


「あそこがいいです。きっと、今は桜が満開だろうから…」






『束稲山      






妙なところで、二人の言葉が重なる。


「…まだ覚えていたのか」


「忘れませんよ。だって、泰衡さんと初めて約束を交わした場所だから…」


泰衡さんこそ    と、可笑しそうに…だが嬉しそうに望美はクスクスと微笑む。


「…その言葉、そのまま返しておこう」






     望美。






そっとその名を囁き、泰衡は再び望美の唇に口付けを落とした。










甘く、優しい口付け。


もう一度交わされた、約束の証          
















創作アンケートにて投票いただいたキャラで創作を書こうということで書かせて頂いた泰衡創作ですv
私の泰望創作にしては、なかなか甘くなったんじゃなかろうかと(笑)

うん。でもなんか泰望は束稲山ネタが離れないんですよね。
連載で書いてたものには約束を果たしたシーンがなかったので、ここで約束を果たしてみようかと…思ったんですがやっぱり桜見てないですよね(苦笑)
いつになったら桜を見れるんでしょうか…。
きっといつか書きたいと思います!



















↑お気に召しましたら、
ポチっとお願いしますv