しずく












「う〜…暑い〜」


燦々と輝く太陽を見上げ、望美は小さく溜め息を漏らす。


こうして縁側に腰掛け、何もせずじっとしているだけでも、
じっとりと汗が滲み出てくる。






夏はキライだ。






改めて、そう思う。


脱いでも脱いでも足りないほどに暑い。


元居た世界とは違ってこの世界にはエアコンがないし、扇風機もない。


氷さえも貴重で、アイスだってない。


自然がいっぱいあって、良い人たちばかりで      泰衡も居て。


幸せな場所だと思うのだが、
この季節ばかりは便利な元の世界が恋しくてたまらなくなる。


毎日暑さの欠片も見せず、元気にこの空の下を走り回る金が羨ましい。






「…金は暑くないの?」


だるそうに問うと、金はそれを否定するように勢いよく望美に飛び掛ってきた。


その弾みで望美は金に押し倒された状態となる。


「わ…!? ちょ…っ、金ってば!」


遊ぼうといわんばかりに望美の上に乗っかり、ぺろぺろとその顔を舐めまくる金。


さすがに今日は、そんな元気もない。


この暑さで奪われた体力が、金のパワーと体温で更に奪われていく。


「わ…わかった…! 元気なのはわかったから…っ! あ、暑い…」


暑さで意識が遠くなっていく。






もうダメ。






そう思ったときだった。


不意に胸から金の重さが消え、望美はゆっくりと瞳を開ける。


逆さの視界に映ったのは、怪訝そうにこちらを見ている泰衡の姿だった。


その瞳はなぜか明らかに怒っていて、
その空気を感じ取ったのか、いつの間にか金は庭に降りて座っていた。


「…何をしている?」


「え〜っと…」






何でしょう?






首を傾げ、苦笑を漏らす。


朦朧としていた意識はどうにかはっきりとしてきたが、
今まで確かに暑かった空気が、なぜかひんやりと感じる。


「………行くぞ」


「え…? わ…っ」


ふわり…と、宙を舞う感覚。


状況を把握した時には、望美はすでに泰衡の腕の中であった。


軽々と、両腕で抱きかかえられている。






スタスタと、泰衡は何も言わず、廊下を進む。






やはり、怒っている。


何かしたのかなぁ?と望美が思っていると、そっと床に下ろされた。


気付くと、そこは望美の部屋。


泰衡が小さく溜め息をつく。


「あの…」


「…軽くなったな」


「え…?」


思わずきょとんとしてしまう。


「また痩せたのか?」


「そう、かも…?」






言われてみれば、そうなのかもしれない。

冷房器具など何もないこの世界で初めて過ごす夏。

暑くなればエアコンの効いた部屋に行ったり、
アイスを食べたり、氷で冷えた飲み物を飲んだり。

この世界ではそんなことも出来ない。

だが、汗を流しながらも毎日のように金と遊んだり、出かけたりしている。

終いには夏バテを起こし、食欲もあんまり出なかった。






「わかりますか?」


「毎日見ている。ここ最近は、金と遊ぶ体力も落ちているようだな」


真面目に語る泰衡の言葉に、思わず望美の頬が熱くなる。






毎日見ている。






少し恥ずかしくなってしまう、その言葉。


「えっと…」


言葉に詰まってしまった望美の唇に、不意に冷たいモノが押し当てられた。


しゃべろうと唇を開くと、そのまま中へ押し込まれる。


冷たくて、じわじわと口の中で溶けていく。


「…ふぉおい?(氷?)」


冷えたものが喉を通る感覚が心地好くて、うっとりとしてしまう。


そんな望美の姿を、泰衡はどこか満足そうに見つめていた。


冷たい久しぶりの感覚は、すぐに溶けてなくなってしまう。


「美味しかった…」


余程飢えていたのだろう。


ただの氷なのだが、何よりも美味しく感じる。


「…まだある。食べるといい」


「いいんですか?」


「そのために持ってきたのだからな」


「わ〜ありがとうございますっ」


差し出された器から氷を取り、口に運ぶ。


口いっぱいに広がる冷たさが、バテていた身体を冷やしていくようである。


「…元気が出たようだな」


「え…?」


「この暑さにやられていたのだろう? 強がって倒れられても迷惑だからな」


少し嫌味の入ったような台詞。


お前が心配だ…と、そう言っているようで、嬉しくて思わず笑みが零れる。


「…お前を組み敷くのは、俺だけで良い」






      はい?






気付くと、望美の視界には天井が映っており、
その身体は泰衡の腕にすっぽりと包まれていた。


「あの…や、泰衡さん?」


「体力がつけば、他の男に組み敷かれることもないだろう」


微かに上がる口端とは裏腹に、その瞳には明らかに怒りが込められている。






まさか。






本当に、まさか…とは思うけれど。

他に思い当たる節が全くない。






「もしかして…金、ですか?」


ぴくりと、泰衡の眉が動く。


「く…金は犬ですよ!?」


「それでも、雄だ」






目が本気ですが。






とは思ってもそれ以上は言えず。


だが、犬にさえ嫉妬してしまう泰衡が本当に愛しくて


望美はクスクスと笑みを浮かべた。


「何だ?」






     泰衡さん、大好きですよ。






望美はもう一度ふわりと笑んで、

それから目の前の唇にそっと口付けた。

















今回は、入れたかったネタを2つ入れてみました!
夏らしい氷と、金に嫉妬!
でも予想より甘くならなかったなぁ…。。。。。
腕が足りないとか言わないで上げてくださ…ぃ。














↑お気に召しましたら、
ポチっとお願いしますv