紡ぐ  つむぐ












「泰衡さん…っ!」






刀が振り下ろされたのはほんの一瞬の出来事で、望美は動くことが出来ずにいた。

いや、動くことが出来なかった。

泰衡に、その身体を抱き締められていたから。






「泰衡さん…っ! 目を…目を開けて…っ!!」






もう、愛する人が死ぬのを見たくはない。

そのために、自分は時空を超えてきたのだから。






「いやだ…っ、泰衡さん…っ!!」






辺りに、望美の悲痛な声が響き渡っていた。













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「目、覚めましたか…?」


今にも泣いてしまいそうな瞳で、望美は泰衡を見つめていた。


「俺は…生きているのか…」


天井に手のひらを掲げ、泰衡はぼそりと呟いた。










あの時、望美は譲たちを見送った後、
無量光院を後にして柳ノ御所に向かっていた。

きっとそこに泰衡はいると思ったから。

その途中で、望美は丁度秀衡の郎党に襲われている泰衡に遭遇したのだ。

後先考えず、望美はその間に割って入るように飛び出した。






望美の目には、泰衡しか映っていなかったから。






ただ、泰衡が生きていてくれるならいいと…そう思った。

もし自分が死んでも、泰衡が生きていてくれるならそれでいいと…そう思った。

泰衡が、自分を庇おうとするなんて思ってもいなかったのだ。










「ごめんなさい…」


ぽろぽろと、望美の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


自分が馬鹿なことをしたから、泰衡はこんな大きな怪我をしてしまった。


その事が、とても悲しくて…辛かった。






「ごめん、なさい…っ」






望美は、ただ謝ることしかできなかった。

申し訳なくて、胸が痛くて。






「神子殿が謝る必要はない。俺が…勝手にしたことだ」


「違います! 私が…飛び出したから…っ」






だから、あなたはこんな怪我をしたんです。






溢れ続ける望美の涙を、泰衡はそっと拭い取った。


「泰衡さん…」


「本当に、貴女が気に病むことはない。俺はあの時…」






      死んでも構わないと、そう思ったのだから。






「……っ」


握り締める望美の拳に、力がこもる。






それは、きっと望美も心のどこかで気付いていた。






「…犯した罪も全て忘れて、このまま貴女の腕の中で逝けるなら…と」


どこか遠い瞳で、泰衡は天を見つめる。


その瞳があまりにも悲しくて、あまりにも孤独で、
望美の胸は締め付けられるように痛い。


「どうして…そんなこと言うんですか…」


「神子殿…」


「どうして死んでもいいなんて言うんですか!? 私は…っ」


思わず声を荒げてしまい、望美ははっとして俯く。


「そんなこと…言わないでください…っ」


止められない涙が、ぽたぽたと膝に落ちる。






きっと、今自分は酷い顔をしている。

真っ赤で、目は腫れていて…きっと見せられないような顔をしている。

それでも、止められない。

悲しくて、切なくて        この人が好きで。

その想いが、涙になって零れ落ちる。






「そんなこと、言わないで…っ」






想いが、止められない。






「泰衡さんがいなくなったら、私は…っ」






想いが、溢れ出す。






「私は…っ」






      あなたがいなくなったら、私は生きていけない。






泰衡の瞳が、驚きに見開かれる。






自分勝手なことを言っているのは、よくわかっている。

泰衡を勝手に好きになったのは自分だし、
泰衡に怪我を負わせたのも自分のようなものだ。

だが、それでも…泰衡に生きていて欲しい。

泰衡に、生きていたい…とそう言って欲しい。

逆鱗で運命は変えられても、想いだけは変えられない。






「神子殿…」


「生きていたいって…そう思ってほしいんです…っ」






       あなたが好きだから。






「だから…そんなこと…っ」


言いかけた時、望美は力強く泰衡の胸に抱き寄せられていた。






それは少し強引で…だが、その胸はとても暖かい。






「泰衡、さん…?」


「貴女は…俺を知らない。俺の、犯した罪を…」


望美を抱き締めるその手は震えていて、その瞳には悲しみが満ちている。


その姿が切なくて、再び望美の胸がちくんと痛んだ。






「俺は…」






     父をこの手にかけた。






震える声で、小さく紡がれた言葉。

望美の胸が、どくんと大きく鼓動を打つ。






「己の願望のために、俺は父を…」


「……うん……」


その胸に、顔を埋める。






泰衡の全てを受け止めたくて。






「望んだものは、同じ理想だったというのに…」


「……うん……」


肩が、少しずつ濡れていくのを感じる。






泰衡が胸に秘めていた罪を、少しでも受け止めたいと…そう思う。






「…父は、最期まで微笑っていた…」


「……うん……」


ぎゅっと、泰衡の腕に力が込められる。






抱え込んだ記憶。

それはあまりにも辛く、悲しくて。

望美の瞳に再び涙が滲む。






「後悔など…していない。だが…」


それきり、泰衡は何も言わなかった。






痛いほどに、泰衡の苦しみが伝わってくる。






「秀衡さんは…わかってると思います」






ぽそりと呟く。


「秀衡さんは、きっとわかってます。
泰衡さんが、どれだけこの平泉(まち)を想っているか…」


泰衡の身体が、微かに揺れる。


「秀衡さんは、小さい時から泰衡さんを見てるんだもの。
泰衡さんの考えてること、ちゃんとわかってたんだと思います。だから…」


言いながら、ぽろぽろと望美の瞳から再び涙が零れ始めた。






胸が締め付けられるように切なくて、泰衡の苦しみを思うと余計に辛くて。






「…馬鹿、だな。貴女が泣くことはないだろう…」


そっと、頭を撫でられる。


その手が優しくて余計に涙が溢れ出した。


見上げた泰衡の顔には、もう涙の跡など残っていない。


「だって…っ」






「…ありがとう」






それは、聞こえるか聞こえないかの微かな声。

でも望美にはちゃんと聞こえていて、胸が暖かくなる。






「…貴女がいる世界なら、生きても構わんな。いや…」






    貴女と共に、生きていたい。






それは、一番聴きたかった言葉。

嘘ではないのかと思うほど、嬉しくてたまらない。






「泰衡さん…」


「…貴女を、愛している」






そっと、唇が重ねられる。

初めての口付けは、甘くて、少しだけ涙の味がした。










言葉と共に紡がれたのは、

愛しい人と共に歩む、

幸せな未来          























スッキリした!(笑)
あのですね、ずっと泰衡さんの涙を書きたかったんです。
泰衡さん、後悔はしてないだろうけど、やっぱりお父さんを殺しちゃったことはすごく辛かったんじゃなかろうかと。
弱みは絶対見せなそうですが、望美ちゃんにならほろっと見せてくれそうだな〜なんて思いまして(笑)

いや、まあかなりシリアスになったわけですが(苦笑)
でも、こういう弱い所を見せてくれる泰衡さんはすごく好きですv いや、どんな泰衡さんも愛してますが(笑)

























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