優しいキスをして  やさしいきすをして












「桜がきれいですね」


隣でいつものように仏頂面を見せる泰衡に、にっこりと微笑みかける。






平泉で過ごす、何度目かの春。

それはとても穏やかで、幸せな時間。

「二人で出かけよう」と誘うと泰衡はいかにも迷惑そうな顔を見せるが、
だが、なんだかんだとこうして付き合ってくれる。

それがとても嬉しい。






「今日はありがとうございました。泰衡さんと桜が見れて…すごく嬉しかったです」


ぺこりとお辞儀をする望美を、泰衡はどこか不機嫌そうに見つめている。


「…高館へ帰るのか」


「…? そう、ですけど……泰衡さん?」


ますます深くなる眉間の皺。


その意味が全くわからなくて、望美は首を傾げる。


「どうしたんですか?」






    帰る必要はなかろう。






しばらくの沈黙の後に紡がれた言葉に、思わずきょとんとしてしまう。


「えっと…そういうわけには…」


「…いい加減に、八葉たちから卒業したらどうだ」


ますます意味のわからない言葉。


まるでそれは。


「あの…泰衡さん?」


「……なんだ」


「それって…その…」


もしかしたら自惚れかもしれない。


けれど、泰衡の言葉はそう言っているような気がして。


望美は思いきって訊いてみる。






「嫉妬……ですか?」






ぴきりと、空気が凍った音がした。


無言で眉間に皺を寄せたままの泰衡に、望美は苦笑を浮かべる。


「そっ、そんなことないですよねっ!」


やっぱり自惚れ。


そう思うと恥ずかしくて、頬が熱い。


望美は泰衡に背を向け、その場から逃げ出すように思いっきり走り出した。






が。






すばやく手首をつかまれ、
望美は簡単にその腕の中へと抱きすくめられてしまった。


「あ…あの…っ」


何が何だかわからず泰衡の腕の中でもがくが、その力強い腕は全くびくともしない。


「…少しは静かにしていたらいかがか」


耳に吐息がかかるほど近くで囁かれ、望美は赤面したまま硬直してしまった。






鼓動が伝わるほどに近い距離。

この鼓動の速さは、聞こえてしまっているかもしれない。

とても恥ずかしいはずなのに。

自分が泰衡の腕の中にいる…という、そのことが嬉しい。






「…帰る場所なら、他にもあるだろう」


「え…?」


望美がやっとの思いでその顔を見上げると、
泰衡は顔をそらしたまま言葉を続けた。


「…金も、貴女の帰りを待っている」


「金が…ですか?」


「………そうだ」






金が待っているなんて、それはきっと口実。

耳を真っ赤に染めた泰衡の顔が、それを語っていた。



それは、不器用なプロポーズ。






望美は思わず噴出してしまった。


「何が可笑しい?」


「いえ、なんでもありません」


ふわりと笑みを見せ、望美はその背に腕を回した。


「…帰って、いいですか? 泰衡さんのところへ…」





答えの代わりに降ったのは、

優しい優しい口付けの雨。

















ずばり、テーマは「卒業」です☆
…の予定だったんですが、なぜかただのプロポーズ編になってしまいました(苦笑)
完全ツンデレな感じが否めませんが(笑)














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