永久の忠誠と愛を  とこしえのちゅうせいとあいを

                                       *中つ国復興後設定/かなり切なめ*













「忍人さん? こんな時間にどうしたんですか?」


夜も更けた刻、私室を訪れた忍人に千尋は思わず心配げな顔を見せた。








想いが通じ合ってからも、忍人がこうして王である千尋の私室を訪れたことはなかった。

だからなのかもしれない。

なにか、不安が過ぎったのだ。








「…話が、あるんだ」


見慣れたはずの忍人の微笑み。


それなのに、なぜか胸が締め付けられるように切なくなる。


「忍人さん…?」


ふわりと、大きな腕に抱き締められる。


まるで大切なものを無くさぬようにしているようで。


「忍人、さん…?」


「…千尋」


愛おしさを込めて、名が紡がれる。


「千尋…」


何度も何度も、繰り返し。


そこに存在することを確認するように、紡がれる名。


千尋はそっと、その大きな背に腕を回した。


この手を離したら消えてしまうような気がして。


「忍人さん?」


「…君の声が、聴きたい」


「忍人さん…」


温もりを全身に感じながら、千尋はそっとその名を紡ぐ。


何度も、何度も。


「…千尋、俺は…」


まるで消えてしまいそうな、儚い声。


こんな忍人を、千尋は知らない。


ふいに、温もりが離れた。


吐息がかかるほどに近かった温もりは、
すぐ目の前にあるのに、なぜかとても遠くに感じる。


「忍人、さん…?」


思わず、不安げな声になる。


そんな千尋に向けられたのは、先ほどと同じ穏やかな微笑みだった。








「俺は…野に下ろうと思う」








息が、詰まった。


「どうして…ですか…」


やっとの思いで紡いだ言葉は、声になっているのかもわからない。


「…俺は、もう永くはない」


一瞬、時間が止まった気がした。


気づけば、瞬きすらも忘れるほど、千尋は忍人の顔を見つめていた。


「この身が朽ちるのを、君には見せたくないんだ」


胸が、苦しい。


息をすることさえも辛い。


「だから…」


す…と、忍人が片膝を付き頭を下げる。


「…陛下。私の勝手な申し立て、どうかお許しください」


「………っ」


「この身離れようと…朽ちようとも。
我が忠誠は、永久(とこしえ)に陛下の御身にあることを…」


ポタリ。


雫が、地に零れ落ちた。


同時に、千尋はまるで崩れ落ちるように、その場に座り込んだ。


ポタポタと、溢れ出した涙は堰を切ったように止め処なく流れ落ちる。








彼が去るのが寂しいのか。

彼に死が訪れようとしていることが悲しいのか。

それすらもわからない。

ただ一つわかることは、この涙が彼を想って溢れ出すということだけだった。








「千尋…」


優しい手が頬に触れる前に、千尋はその身体にしがみつく様に腕を回した。


泣いている顔を見られたくはなかったのかもしれない。


彼が求める王を見せられないのが、嫌だったのかもしれない。


「…千尋」


優しい腕が、身体を包んだ。


まるで幼子を撫でる様に、忍人の手が千尋の髪を撫ぜる。


「……っ」


目の前の忍人はやはり穏やかに笑みを浮かべていて。


取り乱しているのは自分だけで、余計に涙が溢れる。


「君という素晴らしい王のもとに就くことが出来て、幸せだった」


いつもと変わらぬ、優しい声。


「俺は、君と出逢えて幸せだった」


そっと、頬に忍人の手が触れる。


「君をこんなにも愛することが出来て、幸せだった」


「おしひと、さん…っ」








大好きだった。

彼が、自分だけに見せる笑顔が。

彼が、自分だけに紡ぐ言の葉が…嬉しかった。

とてもとても、愛していた。










-------------------------------------------------------------------------










あれから、幾度も桜の季節を迎えた。

中つ国の王として、出来るだけのことはしてきた。

もう、この国は大丈夫だ。

自分でも、充分すぎるほどにこの国のために動いたと思う。



彼のいない世界は、驚くほど変わらずに過ぎていった。

あの時に…彼が別れを告げた時に、全ての想いを吐き出したからなのだろうか。

その瞬間が訪れても、不思議と涙は出なかった。








「…不思議ですね。
忍人さんと一緒に過ごした時間より、離れていた時間のほうが長いんですよ」


空を見上げ、千尋は呟いた。


忍人と離れていた時間を物語るように、
千尋の髪は彼と出逢った頃と同じくらいに長くなっている。


「忍人さん、見えますか? これが、私の造った国です。
あなたが、守った国です」


風に髪を靡かせ、千尋は一人微笑む。


すると、ふわり…と暖かい風が千尋を包み込んだ。








「千尋」








懐かしい声。


千尋はゆっくりと振り返った。


驚くこともなく、千尋はただ微笑む。


「…もっと、ずっと遅くても良かった」


「そうですか? 私にとっては、とても長い時間でした」


差し出された手を取りながら、千尋は懐かしいその顔を見上げた。


立ち上がると、その胸に飛び込むように抱きついた。


当たり前のように、その背には大きな腕が回される。


「やっと、この腕に戻ってこれました」


「ああ。これからは、ずっと共にいられる」


その言葉に、千尋は幸福そうな笑顔を見せた。







一片の花弁が、はらはらと舞い落ちた。

















あぁぁぁぁぁぁ…!
またやってしまった!!!切ないよぉぉぉ…!!
書いてて自分で泣きそうになったとかもう末期だと思います。
忍人の場合は幸せなやつ書いてても泣ける…!
もう重症通り越して重体です。本気でやばい。
しかもなぜか長くなりました。。。。。














↑お気に召しましたら、ポチっとお願いしますv