幸福な世界 しあわせなせかい *5周年記念アンケート創作*
「…なぜそんなに機嫌が悪いのだ?」
不機嫌そうに口を軽く尖らせながらナーサティヤを見つめる千尋。
その姿に、ナーサティヤは呆れたように溜息をついた。
こんな夜更けにどうしたのだ?
痺れを切らして逢いに来てみれば、
一月ぶりに逢ったナーサティヤの第一声がこれだった。
ナーサティヤが千尋の代わりに辺境の村へと視察に向かったのは、
一月前のこと。
ようやく逢えると思い、千尋はこの日を楽しみにしていた。
ところが。
どんなに待っても、ナーサティヤは千尋の部屋を訪れない。
一月ぶりだというのに、まるで普段通りの反応。
こんなに逢いたいと思っていたのは自分だけなのか。
そう思ったら、あまりにも悲しくなって腹が立って。
思わず顔に出てしまった。
「…わからないの?」
「全くわからぬな」
ぷつん。
そんな音が聞こえた気がした。
気付けば、千尋は寝台にあった枕をナーサティヤに投げつけていた。
「ナーサティヤの馬鹿っっっ!!!」
どこまでも響いていそうな声。
反射的に、千尋はその場を去ろうと背を向ける。
だが、一月ぶりに逢えたナーサティヤ。
腹を立てていてもやっぱり離れたくなくて。
その場にしゃがみこんでしまう。
どうしていいかわからなくて、どうしたいのかわからなくて。
千尋の瞳から思わず涙が零れ落ちた。
「千尋?」
声が、聴こえる。
千尋の様子を悟ってか、それはとても優しい声で。
「…千尋」
近くなった声。
千尋はゆっくりとその声に向かって顔を上げる。
そこには、跪くように千尋に視線を合わせるナーサティヤの姿があった。
「……逢いたかったの。ナーサティヤに…」
「千尋…」
「逢いたくて、待ってたけど…ナーサティヤは来なくて…」
いつも逢いに行くのは千尋。
逢いたいと思うのは自分だけなのかと、そう思ってしまう。
ふわりと、不意に抱き寄せられた。
「…すまぬ」
ぎゅっと、腕に力が込められる。
「お前に泣かれると…困る」
ふわりとかかる吐息に、胸が熱くなる。
久しぶりに感じるその温もりが嬉しくて、千尋はその背に腕を回した。
「…わがままだって言うのは、わかってるの。
でも、少しでも長く一緒にいたくて…」
「これからは、ずっと共にいられるだろう?」
夫婦になるのだから。
『夫婦』という響きに思わず顔が熱くなる。
「そ…そうだけど、
結婚しても…逢えない時間は絶対に多いでしょう?」
夫婦となったとしても、多忙な身。
逢える時間が貴重なのは、きっと変わらないだろう。
だから、こうして共に過ごせる時間を大切にしたいのだ。
「…呆れた?」
無言になったナーサティヤ。
その間に何だか気まずくなって、千尋はゆっくりとその顔を見上げる。
不意に見上げたナーサティヤは、
呆れたように…だがどこか優しげに微笑んでいて。
「いや……」
「ナーサティヤ…?」
「…私も、随分と甘くなったものだな」
「え…?」
その言葉はどういう意味なのか。
それを言葉にする前に、その唇は口付けによって塞がれた。
蕩けるように、熱い…永い口付け。
離れていた時間の分には足りないけれど、
それでも幸せな瞬間。
唇が離れると、
ナーサティヤはどこか呆れたように溜息をついた。
「…お前と過ごす時間は幸福すぎる」
「え…?」
「幸福すぎて、そんな時間に慣れてしまったようだ」
お前がもっと欲しくなる。
紡がれた言葉に、頬が熱くなる。
けれどとても幸せで、千尋はふわりと微笑んだ。
「慣れてもいいよ。…だって、幸福な世界が一番だもの」
呟いて、もう一度その胸に顔を埋める。
傷つき、戦った日々。
こうして幸せに過ごす時間を夢見ていた日々。
今では、懐かしい日々。
ようやく切り拓いた幸福な世界を、今こうして生きている。
一番甘さ少なめになったかもです(汗)
最後の最後までサティにするか忍人にするか迷った作品。
とりあえじ、結婚前後という勝手に決めたテーマには沿わせてみました(笑)
↑お気に召しましたら、ポチっとお願いしますv