名前 なまえ *ひっそりサティ婿入り後設定*
「ねえ、ナーサ……っ」
不意に彼に話しかけようとその名を呼んだ瞬間、
千尋は思い切り舌を噛んでしまった。
一人で何かを痛がる様子の千尋に、ナーサティヤが心配げな眼差しを向ける。
「千尋…? どうかしたのか?」
「うー…舌、噛んじゃった…」
噛んだ場所が、ピリピリする。
そんな千尋をナーサティヤは不思議そうに眺めていた。
「…ナーサティヤって、名前…長いよね」
少しだけ恨めしそうに、すぐ隣の顔を見上げる。
ずっと、思っていた。
『ナーサティヤ』という名前は、言いにくい気がする。
『シャニ』とか『リブ』とかはとても言いやすいのだが、
いつも彼を呼ぶときは噛みそうになる。
「自分で思ったことはない?」
「そう思うほど、自分では名を呼ばぬからな…」
ふとした疑問だが、確かにナーサティヤの言うとおりだ。
自分で自分の名を呼ぶ機会はあまりない。
「そうだよね…だから、アシュヴィンも愛称で呼んでるのかな…」
「お前も愛称で呼べば良かろう」
「え…っ」
ナーサティヤの言葉に、千尋は思わず声を大きくしてしまった。
「呼んで、いいの…?」
「なぜ許可を得る必要があるのだ?」
「だって…」
アシュヴィンしか呼んではいけない気がしてたから。
驚いたように呟くと、ナーサティヤは不思議そうに眉を寄せる。
ずっと、そう思っていた。
ナーサティヤがアシュヴィンと仲がいいのはわかっていたし、
愛称で呼んでいるのもアシュヴィンだけ。
だから、アシュヴィンに許された特権のようなものだと思っていた。
「戸惑う必要などなかろう。お前は、私の妃だ」
「そ、そうなんだけど…」
妃、という言葉に思わず顔が熱くなる。
夫婦になったのはわかっているけれど、まだ慣れなくて。
「何か問題があるのか?」
「も、問題はないんだけど…っ、その…」
恥ずかしいよ。
ぼそぼそと思わず小さくなる言葉に、ナーサティヤがクスリと笑みをこぼした。
その笑みが明らかに何か含んでいるようにも見えて。
千尋は思わず後ずさるように身を引こうとするが、
その瞬間、腕を捕まれてそのまま抱き寄せられてしまった。
最近少しは慣れてきた温もりだが、今の状況ではなんだか恥ずかしくて。
その腕柄から逃れようとするが、
千尋の身体をすっぽりと包むその腕は逞しくて、びくともしない。
「ナ、ナーサティヤ…っ」
「…呼んでくれるのだろう?」
目の前の微笑みが、なんだか悔しい。
だが、恥ずかしくて『サティ』と呼ぶことなど出来なくて。
その胸に顔を埋める。
「…ずるいよ…」
「さて…な」
ナーサティヤは余裕な微笑みを見せながら、千尋の唇に口付けを落とした。
「っん…ぅ…」
その口付けはとても甘くて…熱くて。
まるで身体の芯まで焦がしてしまいそうな熱。
長い口付けの後、
ようやく離れた唇を、千尋は潤んだ瞳で名残惜しそうに見つめていた。
「ナーサ、ティヤ…?」
「…サティ、だ。
そう呼んでくれたのなら、この続きを与えよう」
耳元でそう呟かれ、千尋は少し戸惑いながらゆっくりと唇を開いた。
熱を帯びそうな、
二人だけの、甘い夜が過ぎていく。
ということで、サティの名前を噛んで痛い思いをしちゃったという実話から思いつぃたお話。
本当に長いですね、サティの名前…!!この創作だけでも何回打つのに苦労したことか…!!
でも、結構甘めに仕上がったんではないかとw
いつか千尋が照れずにサティと呼べる日が来るのでしょうか…(笑)
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