03.雨宿り    九郎×望美 / 甘々












「九郎さんなんか大っ嫌いっっ!!」






売り言葉に買い言葉でついつい出てしまった言葉。

その場の勢いで屋敷を飛び出してしまった望美は、町中を一人当てもなく歩いていた。






照れ隠しでつい余計な事を言ってしまう九郎と、

その性格を知っていてついついキツイ言葉を言ってしまう望美。



初めて逢った頃から些細なことで喧嘩を繰り返していた九郎と望美だったが、
それは二人の関係が変化してからも変わらなかった。

口論がしたいわけではないのだが、互いに意地を張り長引いてしまう。

そんなことは良くないとわかっていても、いつもこうなってしまうのだ。






「なんでかなぁ?」


大きくため息をつきながら、望美は空を見上げる。


その瞬間、頬にぽたりと大粒の雫が落ちてきた。


「何でこういう時に…っ」


晴れていたはずの空はあっという間に灰色に染まり、大雨に変わってしまった。






飛び出してきた手前、屋敷に戻るわけには行かず、
望美は雨宿りの出来そうな場所を探した。






古びた小屋の中、望美は一人雨が上がるのを待っていた。

ここにはしばらく人が生活していた跡はなかったが、
幸い囲炉裏と古びた薪があったので、望美はそれで暖をとることにした。

一人きりの小屋の中、薪が燃える音だけが響いている。






長い長い沈黙。






望美の濡れた髪が乾いた頃、その沈黙は突然破られた。


この小屋に、見知った客がやってきたのだ。


「九郎さん…?」


「望美…!? お前もここで雨宿りを…」


「そうですけど…九郎さんはなんでこんな所まできたんですか?」


目を逸らしながら、望美は強い口調で問いかける。


「そ…それは…っ」


『お前を探しに来たんだ』など素直には言えず、
一瞬口篭った九郎は、つい強い口調で言い返す。


「お前には関係ないだろう!」


「…そうですね!」


再び強い口調で言い返したきり、望美は口を開かない。


九郎も言葉が出て来ず、
望美から少し離れたところに腰を下ろすと口を噤んだ。






たった一言、『ごめん』と切り出せばよいのだ。

しかし、互いに意地を張っているのでその一言が出ず、
気まずい沈黙が二人の間に流れていく。

それからどれほど経ったのか、長い沈黙が破られた。






『あの…』






妙なところで息の合ってしまう二人であった。


同時に互いの顔を見合わせ、恥ずかしくなった二人はまた同時に顔を逸らす。


「く…九郎さん、先にどうぞ」


「いや、お前が先に言ってくれ」


「私はいいです。九郎さんが先に言ってください」






段々と口調が強くなってしまう望美。






どちらかが折れればいいのだが、
一度意地を張ってしまうとなかなか後には引けず、繰り返してしまう。


互いにそのことはわかっているのだが、
その前にどちらかが耐え切れずに癇癪を起こしてしまうのだ。


「どうしてお前はいつもそうなんだっ!」


「九郎さんだって同じでしょう!?」


つい相手に乗ってしまい、思っていることとは違う事を口に出してしまう。


本当に言いたいことはこんなことではないのだが…。


「…っ、もういいですっ」


伝えたいことを口に出せない自分が悔しくて情けなくて、
痺れを切らした望美が立ち上がった。


「望美っ!? おい…っ」


九郎の言葉を聞かず、望美は雨が降りしきる中小屋を飛び出した。






小屋からしばらく走った所で、望美はふと足を止めた。






これでは、先ほどと全く変わらない。


自分が…子供なだけなのだ。


望美の瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちた。


「望美っ!!」


望美に追いついた九郎は、息を切らせながら望美の身体を抱きしめた。


再び雨に濡れてしまった望美の身体は、更に冷たくなっている。


「…すまなかった。その…小屋に、戻ろう…」


ぼそりと九郎が呟く。


九郎の暖かい腕の中で、望美は何も言わずにコクリと頷いた。






小屋の中、再び二人を沈黙が包み込む。






しかし先ほどとは違い、望美が先に沈黙を破った。


「…ごめんなさい」


望美は俯き、身体を縮ぢこませる。


「大嫌いなんて…嘘です。本当は…」


その言葉を遮るように、九郎は冷えた望美の肩を抱き寄せた。


「…お前が好きだ」


「私が言おうとしてたんですけど…」


先に言われてしまい望美が少々膨れ気味に見上げると、
九郎は耳まで赤くし顔を逸らしていた。


「耳、真っ赤ですけど…」


「う…うるさいっ」


九郎の顔は、これ以上ないほどに赤くなっていく。






とっても不器用で、純粋な人。






望美は、素直になれず意地を張ってしまうような、そんな九郎だから大好きなのだ。


「九郎さん」


不意に名を呼ばれて振り向く九郎の唇に、望美は己の唇を重ねた。


突然の事でなんだかわからず、九郎は硬直している。


「…大好きです、九郎さん」


仄かに頬を紅潮させた望美は、悪戯気に笑む。


「全く…お前は、本当に…」


苦笑しながらもどこか嬉しそうに、九郎は望美の身体を抱き締めた。






      目が離せない奴だ。






九郎が耳元で囁く。


「九郎…さん…」


「い…行くか。雨は上がったようだ」


恥ずかしそうな望美に、九郎も思わず顔が赤くなる。


「そ…そうですね」


互いにぎこちなく顔を合わせる二人は、共に小屋を後にした。








服を濡らして泥だらけなまま屋敷に戻った二人が譲や弁慶に説教をくらうのは、
また別の話である。


















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