08.温度 知盛×望美 (月明かり/望美Side)
「片付けはやっておきますから、もう休んで大丈夫ですよ。ありがとう、望美さん」
とても助かりました…と、弁慶はふわりと微笑む。
長引く戦。
負傷者の数も増え、望美はよく弁慶の手伝いをするようになっていた。
この世界にやってきてからどれほど経ったのか。
戦にも手当てにも、随分慣れたものだ。
それでも、やはり負傷者を見ていると気が滅入る。
望美は、気分転換をしようと陣の外へと向かった。
浜辺の方まで来てみると、
陣での騒がしさが嘘のように静かで、心地よい風が吹いていた。
瞳を閉じ、身体に風を受ける。
「お前は…」
不意に背後から聞こえた声に、望美は思わず息を飲む。
この声は。
望美はゆっくりと振り返り、月に照らされたその姿を見つめる。
「知盛…」
「やはり…な」
「…こんな所で何を?」
つい険しくなる望美の瞳に、知盛は口の端を上げながら望美の目の前へと足を進めた。
「そう…固くなるなよ。斬りかかろうとしているように見えるか、神子殿…?」
言われて見ると知盛は丸腰で、ここで剣を交えるつもりはないようだ。
戦場で見る鎧ではなく、もっと軽い着物を着ている。
「神子殿がお望みなら、それも悪くはないが…」
「戦いなんて…望まない」
強い口調で言い放つと、望美は知盛から顔を逸らし、その場に腰を下ろした。
人が傷つけ合うことなど望まない。
望みたくはない。
膝を抱え、望美はどこまでも続く海を眺める。
この海の遙か向こうでも、こんな戦が起きているのかもしれない。
そう思うと、胸が苦しくなる。
「何故…泣く?」
「え…?」
知盛に言われ、初めて気づく。
この広い海を眺めながら、いつの間にか望美の瞳から涙が溢れていた。
気づくと、知盛が隣に腰を下ろしその涙を指で拭っている。
「何を…っ」
恥ずかしくなりその手を払おうとした望美の腕を、知盛が力強く掴んだ。
そのまま抱き寄せられ、望美の身体は知盛の腕の中にすっぽりと納められた。
知盛の吐息が、望美の耳元にかかる。
「抱き心地も…悪くはないな」
「と…知盛っ」
「剣を手にしたお前は…したたかで美しいが、剣を持たぬお前も…悪くはない」
「ちょ…っ」
何が言いたいの…と続くはずだった言葉は、知盛の口付けによって妨げられた。
望美は抵抗しようと手を動かすが、
その身体はしっかりと知盛に抱きすくめられていて、びくともしない。
一度唇が離れたかと思うと、角度を変え再び重ねられる。
深く、激しく、唇から知盛の熱が伝わる。
ようやく唇が解放された頃には、抵抗する力すらも失い、
望美の顔はほんのり紅潮していた。
「何…なのよ…」
突然の口付けに、望美は不服そうに知盛の顔を見つめる。
「涙は…止まったようだな」
「あ…」
確かに、望美の瞳から零れ落ちていた涙は、もう止まっている。
まさか、そのために?
そう思った望美だが、やはりいきなりキスをするのはおかしい。
だが。
あんなに滅入っていたのだが、今はとてもすっきりした…穏やかな気分だ。
この腕の中がとても心地よい。
知盛は平家の将だというのに。
それでも、もっとこの腕の中にいたいと…そう思ってしまう。
胸が、熱くなる。
「随分と…大人しくなったじゃないか、神子殿?」
知盛は軽く笑みを見せる。
今までに無い、この胸の熱さ。
敵だとしても構わない。
剣を交える運命しかなくても構わない。
「望美…だよ」
まっすぐと、知盛の瞳を見据える。
「神子って名前じゃない。春日…望美だよ」
「望美…ね」
再び口の端を上げると、知盛はもう一度名を呟き、望美の唇へと口付けを落とした。
知盛が何を想うのかはわからない。
だが、この温もりは…熱は、紛れも無い真実。
唇に…身体に感じる、
知盛の温度 。
↑お気に召しましたら、ポチっとお願いしますv