11.言の葉     経正×望美 / 切ない *死にネタ注意*












      愛しています。






最初で最後の…想いを込めた言の葉。






      
私も…愛しています…。





叶わぬ想いと知りながら恋慕い、精一杯の笑顔で言の葉を紡ぐ。

涙で滲む視界の中で、私はあなたの笑顔を見た。

これで良かったのだと、あなたの瞳が私に告げる。











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「神子…?」


船頭で物思いに更けている望美に、敦盛が声をかける。


その声で振り返った望美は、今にも泣きそうな顔をしていた。


「…兄上の事を考えていたのか?」


「どうして…っ」


図星をつかれ、望美は思わず声を荒げる。


「戦いは…避けられない…」


「…わかってます」


「…怨霊は、封印しなくてはならない」


わかってます…と、震える声で答え望美は俯いた。


その瞳からは雫が溢れ出す。






自分が神子を泣かせてしまったのだ、と。






敦盛の胸が、ちくりと痛んだ。


「…すまない、神子。だが…兄上もそれを望んでおられるはずだ…」


それが救いなのだ、と…望美の背に語る。






元々、怨霊として蘇ることを望んだわけではなかった経正。

そのことは、望美もわかっている。

だが。






「怨霊になった者は…神子だけが救いなのだ。私にとっても…」


そう言い残すと、敦盛は皆のいる所へと戻っていった。


「わかってる…わかってるけど…っ」


蹲った望美は、再び大粒の涙を流す。






封印が一番良い方法なのだということはわかっている。


だが、大切な人をこの手で消すなど…そんなに辛いことは出来ない。


やりきれない想いが募っていく。























平家の船。

ここに経正がいる。

そう思うと、足がなかなか進まない。

ずっと考えてきたのだが、答えが出ぬままこの場に来てしまった。






「神子…?」


「敦盛さん、やっぱり私…っ」


望美が俯いていた顔を上げた瞬間、まるで言葉を遮るようにどこからか琵琶の音が響いてきた。


「兄上…?」






経正の音色。






望美は、この音色が大好きだった。

力強さも優しさも…そして切なさも含んだ琵琶の音。

そして、そんな琵琶を奏でる経正の姿が、望美は大好きだった。






「…皆には私から伝えておこう」


今にも泣き出しそうな望美の姿にいてもたってもいられなくなり、敦盛が呟いた。


「敦盛さん…」


「兄上を…救ってくれ」


悲しげに、敦盛が微笑む。


兄を失うというのだ、敦盛が悲しまないはずが無い。


辛い気持ちは敦盛も同じなのだ。


「…ごめんなさい、敦盛さん」


気持ちを固め経正の元へと駆け出す望美の姿を、敦盛はじっと見守る


「…兄上を、頼む…」























船頭で、経正は一人で琵琶を奏でていた。


経正の姿を見つけた望美は、息を切らせながら傍へと歩み寄る。


望美の姿に気づく、経正は琵琶の手を止めるとそっと立ち上がった。


「お逢いしたかった…」


「経正さん…」






聴きたかったはずの声。

逢いたかったはずなのに、どこかこの再会を拒んでいた自分がいる。






「ずっと…この時が来るのを待っておりました」


「経正さん…っ」


「私を…封印していただけますね?」


泣き出しそうな望美に対し、経正は穏やかに微笑んでいる。






自分が消えるというのに、なぜ笑顔でいられるのか。






覚悟はしていたはずなのだが、いざとなるとやはり躊躇ってしまう。


「望美殿…」


「やっぱり、出来ない…! あなたのこと、こんなに好きなのに…消すなんて出来ません…っ」


初めて…想いを口にする。






今まで胸に抱いていた、経正への想い。






切なくて、大粒の涙が溢れ出す。


「…望美殿に出逢えた事。それが、怨霊として蘇った私の…唯一の救いでした」


不意に経正が呟く。


「貴女に出逢い、恋慕い、琵琶を奏でる。
貴女のおかげで、怨霊の身であったとしても蘇ってよかったと…そう思えるようになったのです」


望美の前まで足を進めた経正は、その長い髪にそっと触れる。





戦に疲れていた自分を癒し、支えてくれた少女。

愛しい…少女。






「怖く…ないんですか?」


経正の手にそっと触れ、震える声で問いかける。


「怖くないと言えば、嘘になります。
きっと…あなたを泣かせてしまう。そのことが…怖いのです。ですが…」






この穢れた身で触れることは許されないと思っていた、愛しい女(ひと)。






最後に一度だけ温もりを感じたくて、経正は望美の身体を抱きしめた。


「愛しい貴女の温もりを感じながら逝けるのならば、私は…」


笑顔を絶やさぬ経正。


望んでいた温もりがここにあるというのに…嬉しいはずなのに、切なくて胸が苦しくなる。


「望美殿…」


望美は大きく深呼吸し、涙を拭うと経正の背に手を回した。


「きっと…私、酷い顔してますね…」


「いいえ。とても、可愛らしい…」


経正の言葉で笑顔を見せる望美。


「…敦盛を、頼みます」


経正は呟く。


「はい…」


望美はこくりと頷いた。


「めぐれ、天の声…」


望美の腕に力が入り、瞳に涙が滲み出す。


「響け、地の声…」


経正と望美の視線が交わる。






いつまでもいつまでも、愛しい人。






「かの者を…封ぜよ」


望美の言葉と同時に、経正の身体が眩い光に包まれた。


「経正さん…っ」


腕の中の愛しい人を、望美はじっと見つめる。


「望美殿、愛しています…」


笑顔のままで、経正は今までの想いを込めた最期の言葉を紡ぐ。






逢瀬を重ね、募らせてきた愛しさが溢れ出す。

敵であると…怨霊であると知っても、自分を愛してくれた望美。

短い時間ではあったが、
幸福(しあわせ)な時間を過ごすことが出来たと…そう思う。






「私も…愛しています…」


経正の笑顔に答えるように、望美は精一杯の笑顔を作る。


経正の瞳に残るのは、笑顔の自分でいたい…と。


望美の笑顔を満足そうに眺めた経正の身体が、再び光を放って弾けた。






      
ありがとう。






滲む視界の中で、経正が望美にそう語りかけた気がした。












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「ヤバイ〜! やっぱり譲君に起こしてもらえばよかった〜」


涙目になりながら、望美はカバンを抱えて走り出す。










壇ノ浦で源氏が勝利を手にした後、京には経正が望んでいた平和が訪れた。

あの世界での務めを果たした望美は、
九郎たちと別れを告げて譲と共に元の世界へと戻ってきたのだ。






経正のいない世界。






わかっていたはずなのだが、切なく…苦しい。


譲には何事もなかったように振舞ってはいるが、
胸に空いてしまった穴が塞がることはなかった。 


短い間ではあったが、
彼と過ごした時間は忘れられない…かけがえのないものだったのだ。


わかってはいても、望美はいつもあるはずの無い姿を探してしまう。










「あの…」


信号を待っていた望美は、突然背後から声をかけられ、慌てて振り向いた。


「寝癖がついています…」


穏やかに微笑みながら、望美の髪を撫ぜる。






優しい声。

暖かい手。






段々と瞳を潤ませていく望美の身体を、青年は優しく抱きしめた。






もう感じることは出来ないと思っていた、温もり。

決して逢えないと思っていた、愛しい人。








「また、貴女をお慕いしても構いませんか…?」








優しくて、強い男(ひと)。

彼は、戦を好まない人だった。

琵琶を奏でることか好きで、穏やかな男。






想いが込められた、優しい言の葉。

再び、言の葉は紡がれる。
















実はこれ、すごくお気に入りだったりします。

経正さんは絶対に笑顔を絶やさないってイメージだったので、やっぱり最期も笑顔がいいな…と。
経正さんというキャラは、私の中でも本当にお気に入りキャラです。
だから、最後は幸せになってもらいたいんですよねv

















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