19.霧雨     知盛×望美 / 切ない












「知盛…」


鋭い眼差しで見据えてくる知盛を、私も同じように見つめる。






平家は、この壇ノ浦で滅亡する。






知盛と逢うことが出来るのも…これで最後だ。






「待ってたぜ、望美…」


喜びを含んだ笑みを見せ、知盛は剣を構えた。


「俺を…楽しませてくれるんだろう?」


狂気とも見えるその瞳で、知盛は私を見つめる。






私にあなたを刻んでくれるのなら。

これが、あなたの望みであるのなら。






「…うん、いいよ」


剣を抜き、構えに入る。


この剣で、何度も怨霊や人を斬ってきた。






今度は、あなたを斬る。






「来いよ…」


「はあぁぁぁ!!!」


知盛と私の剣がぶつかり、弾かれてはまたぶつかる。


力強く速い知盛の剣。


逞しく美しい。


私のこの剣を、知盛は美しいと言った。






だから。






美しいままでいたいから。


あなたの中に残っていたいから。


私は…あなたを斬るよ。


「やあぁぁぁ!!!」


私の剣が、確実に知盛を捉えた。


知盛の肩から、紅い雫が滴り落ちる。


肩で息をしながら、私はゆっくり剣を下ろした。


「良い…剣だ…」


「知盛…」


いつものように口の端を上げて笑みを見せる知盛の表情は、
どこか晴れ晴れとしている。


「知盛…?」


「最後の宴…十分楽しませてもらった」


笑みを浮かべたまま、知盛は船の端へと向かって歩き出した。






まさか。






私は知盛のもとに駆け寄り、そしてその背を抱き締めた。






知盛を失いたくない。

生きていて欲しい。






「望美…」


「もう…終わった。戦いは終わったよ…」


くっ…と笑んだ知盛は、私の腕をそっと解いた。


「お優しい人だ、神子殿は。だが…」


海に背を向け、知盛は私をじっと見つめた。


「お前との宴は…最高だった。今までにないくらい…な」


「知盛…っ」


「じゃあ…な、望美…」


知盛の身体が、冷たい海の底へと沈んでいく。






わかっていたはずだった。

知盛はこういう男なのだ。



強引で、とても残酷で。



そんな知盛に惹かれたのは私なのだから。

だから、決して泣かない。






強い私を、知盛は好きだといったから。






気づくと、空は曇り霧雨が降っている。

この空は私の心。

心地よい雫を、私は肌に感じる。






いつまでも降り続く雨。



空が、泣いている


















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